舞踏会の手帖


舞踏会の手帖
Un carnet de bal
監督 ジュリアン・デュヴィヴィエ
出演者 マリー・ベル
フランソワーズ・ロゼー
音楽 モーリス・ジョベール
撮影 フィリップ・アゴスティーニ
ミシェル・ケルベ
ピエール・ルヴァン
編集 アンドレ・ヴェルサン
公開 1937年9月9日 フランスの旗
上映時間 144分
製作国 フランス
言語 フランス語
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舞踏会の手帖(Un carnet de bal)は、1937年のフランス映画。ジュリアン・デュヴィヴィエ監督。日本では翌年封切られ、戦後にも上映された。マリー・ベルの相手役に、当時の名優たちが次々と出演する。

目次

あらすじ

未亡人になった若いクリスチーネが、16才の時の初めての舞踏会の手帖を頼りに、むかしの踊り相手を訪ねて回る。

ジョルジュの家では、母親が迎えた。クリスチーネに恋していた彼は、彼女の結婚を知って自殺し、母親は狂っていた。

文学少年だったピエールは、キャバレーのあるじ兼泥棒に崩れていた。クリスチーネがむかし通りに唱える詩に付き合ううち、警察の手が回って引かれて行く。

作曲家志望だったアランは、神父になっていた。恋人に捧げる曲をピアノで弾いたが、恋人は耳もかさず、ほかの男と笑い興じていたと、当の相手のクリスチーネに、三人称で語る。

詩人気取りだったエリックは、アルプスのガイドである。久し振りのクリスティーネと意気投合して、無人の山小屋に同宿しようと決めた時、遭難事件発生をふれる鐘が響き、山男は直ちに雪の斜面を滑りくだる。

政治家を目指したフランソワは、田舎町の大立者の町長で、その再婚の挙式に町じゅうが湧いていた。ちょうどいい、式に出てくれとクリスティーネを迎え、自作自演のワンマン挙式を陽気に進めるが、その裏で彼は、ならず者の養子に手を焼いていた。

ティエリーは、医者にはなっていた。しかし、堕胎で稼ぐ陰の医者で、精神障害の発作に悩んでもいる。クリスティーネと貧しい食卓を囲むうちにそれが出て、彼女は妻女に、二度とくるなと追い出される。

生まれ故郷の町では、ファビヤンが美容師を愛想よくやっている。むかしの会場で舞踏会があるからと誘う。16才という少女は、初めての舞踏会に興奮しているが、今の目には安手で、クリスティーネに残る20年前の、夢のような思い出との落差にがっかりするのであった。

旅から帰ると、むかし恋したジェラールの住所が知れた、すぐ近くだという。行ってみる。彼は直前に世を去っていた。遺した豪邸が今日人手に渡ると、残された子供が言う。クリスティーネは彼を引き取り、母親の愛を注ぐ気になった。初めての舞踏会に送り出す時にいう。「少し緊張するでしょう。初めての煙草の時くらいに。」

データ

  • 題名:舞踏会の手帖(Un carnet de bal)
  • 制作会社:シグマ(Sigma)
  • 監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ
  • 助監督:シャルル・ドラ(Charles Dorat)
  • シナリオ: ジュリアン・デュヴィヴィエ、アンリ・ジャンソン(Henri Jeanson)、イヴ・ミランドfr:Yves Mirande (Yves Mirande)、ジャン・サルマン(Jean Sarment)、ピエール・ヴォルフ(Pierre Wolff)、ベルナール・ジマー(Bernard Zimmer)
  • 音楽:モーリス・ジョベール
  • 撮影:フィリップ・アゴスティーニ(Philippe Agostini)、ミシェル・ケルベ(Michel Kelber)、ピエール・ルヴァン(Pierre Levent)
  • 編集:アンドレ・ヴェルサン(André Versein)
  • 装置:ポール・コラン(Paul Colin)、ジャン・ドゥアリノ(Jean Douarino)、セルジュ・ピメノフ(Serge Piménoff)
  • 形式:画面比1.37:1の白黒、モノラル音声、35mm

配役

受賞

その他

日本での公開は、1938年6月で、日中戦争のさなかの重苦しい「非常時」に、人生のはかなさを歌い上げる感じのこの映画は、好評であった。しかし、太平洋戦争勃発の翌年、享楽的、退廃的であるとして軍部によって上映を禁止された。

なお、クリスチーネがキャバレーでピエールと唱え合う詩は、ポール・ヴェルレーヌの「感傷的な対話」(Colloque sentimental)である。


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